小説:グッド・バイ

タイトル:グッド・バイ

読書ステータス:読了(初)
作:太宰治
媒体:楽天Kobo 太宰治全集
Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B0%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%82%A4_(%E5%B0%8F%E8%AA%AC)

小説背景:

Wikipediaには”未完のまま絶筆になった作品である。”とある。本作は1949年に映画化されているが、本作で主演する高峰秀子曰く「東宝が私の為に太宰治に書かせた小説」と聞き及ぶ。

冒頭の流れ(Wikipediaより):雑誌「オベリスク」編集長の田島周二は先妻を肺炎で亡くしたあと、埼玉県の友人の家に疎開中に今の細君をものにして結婚した。終戦になり、細君と、先妻との間にできた女児を細君の実家にあずけ、東京で単身暮らしている。実は雑誌の編集は世間への体裁上やっている仕事で、闇商売の手伝いをして、いつもしこたまもうけている。愛人を10人近く養っているという噂もある。

読書するキッカケ:

太宰大ファンの知人がおり「グッド・バイ」はオススメと言われ頭にあった。そんな中、電子書籍で文学全集を少しづつ買っていたこともあり、太宰治も購入。彼と連絡が滞りがちになり「どうしているかな」と思い出す。

読者の背景:

太宰治に感じられる人間性自体はお世辞にも好きではなかった。嫌いと言っていい。破滅思考というか、繊弱過ぎるというか。後ろめたい性格が理由。氏の作品は中学生当時より授業で読み、気になったので自分で彼の代表作「人間失格」「斜陽」等を当時読み、心底嫌いになる。逆に嫌い過ぎてずっと「しこり」のように自分の中にあった。そんな最中、たまさか若い太宰ファンの知人が出来て、太宰がどうしてそんなに好きか聞いているうちに、大人にもなったし「ちゃんと読んでみよう」と思うに至る。時代的に文芸全集が電子書籍で読めるというのも大きい。寝る前に灯りを消して10分程度読んでいる。

(太宰治について)


太宰ファン曰く「あれは(グッド・バイ)太宰自身のことを書いている」とのこと。高峰秀子の発言を読むと印象が違う。内的な太宰と、外的な太宰では当然ズレがある。彼の作品といい、あの代表的なポートレートといい、陰々滅々とした人間であることには変わらないと思う。面白いのは、高峰秀子曰く「照れくさそうな捨て犬」だったかな?これは凄くわかる。陰にこもる人ほど照れ笑いをする。笑う場じゃないのに笑ってしまう。脳や心理学の本によると「笑い」は狂気の一歩前だそうで、とてもつもなく対峙するのがイヤなのだろう。嫌な顔を出来るほど非常に強くも無いし、素でいられるほど強くもない。そこがまた一つ、太宰治に女性がハマる理由でもあると思う。母性本能、保護本能をくすぐるのだろう。ちょっと前で言えばダメンズウォーカーってことになる。

読後感想


そこで終わりかー!(笑)
最後の行にはこある。
(未完)

この後、太宰は亡くなる。たった二文字なるも、この二文字は重く感じられた。コレほどまで面白いものが書けるというのに、これほど才能があるのに、氏は自ら結果的に死を迎えた。作品以外で一つ面白いと思ったことに本作のコンセプトが連載前に自身が書いてあったこと。それは「百人百様の男女の別れを描く」こと。それは読んでいていても明確だったが、現代のコンセプト小説の走りだったのかと伺えた。

私はコンセプト小説は好きではない。結論が見えており作者の燃焼も乏しいので読みたくは無い方だ。読み上げてみて同作も「弱い」と感じた。どこかチャランポランというか腰が入っていない印象を受ける。それそのものも作者の意図なのか心理状態なのかは完結していない手前わからない。何せ田島のチャランポラン感が作品にも感じられる為、これは意図である可能性も深読みすれば無くはない。ただ、太宰の性格を感じるにそうではな気がする。彼自身の精神性がやはりこの執筆中は浮ついてた気がする。

何事においても投げてしまった人間の成すことと言うのは責任がなく軽い。当然ながら本人も燃焼は出来ない。それを感じる側は尚更である。田島という主人公は、太宰の一面を捉えていることに疑いはないが、彼とはかなり乖離がある気がした。寧ろ、「こうであったなら」と彼が願っていたものを感じる。彼は田島ほど軽薄ではなく、強くもなかったに感じた。似て非なる人物像。主人公の田島は粘着的な性格の一方でサッパリとした部分を残すが、太宰にそれは感じない。

?人の愛人と別れる為に、自分とはまるで逆のキヌ子と冒険の旅へ出た始めたロールプレイング。実に2人目で作者の死という結末で終えた本作。私の興味は、作者自身が語る10人とどう別れたかでは無く、キヌ子とどう関係性が変化したかに尽きる。キヌ子に見透かされながらも尚の事落とそうとする田島。彼女とでは完全に役者が違う。敵うはずもない。それでも人というのは長いクエストを通し、知らず多少なりとも心を通わせるもの。

?人目と見事別れた時、田島はどう変わるのか。キヌ子はどうだろうか。そこに興味を惹かれたところでの未完の文字。典型的メロドラマなら吊橋効果で懇ろの中になるだろう。否、元より、情が通えばそうなるのが道理で、寧ろそうならないとしたら非人間的だろう。しかしキヌ子は田島という男を腹の底まで見透かしているのに対し、田島はまるでキヌ子をわかっていない。同時に真逆は惹かれあうものだ。最も甘さに酔えるほどキヌ子の人生は易くない。それでも人生には事故や気の迷いも起きる。それを太宰はどう迎えたか読んでみたかった。

一つ推測を遊びをすると、太宰の作品は悲惨な結末が少なくなく、予想の通り、寧ろそれ以上に影を落とし、項垂れて受け入れざる終えない哀れさの一面的現実を物語るという特徴があるに思う。(「走れメロス」だけは例外的な作品だが)一時的に心を通わせることがあっても結局は影を落とすのだろう。寧ろ奥さんにもバレて最悪の結末が待っていたとしても太宰であれば何ら驚くものではない。とはいえ代表作にある「人間失格」や「斜陽」の頃と年齢的にも異なるだろうし、何か視点に違いが・・・無さそうだ。寧ろこの作品はどこか投げやりなものすら感じられる。
この作品は未完にも係らず結構映画化されているようだ。恐らく独自のエンディングをそれぞれ迎えているのではないだろうか?ちょっと興味が湧いたのでいずれ見てみよう。この読後の湿って重い感じ。これぞまさに太宰治だ。

(読中感想)


田島が美容院の青木と別れられたところまで


面白い。実に、面白い。人間そのもの。田島という男、奇妙だ。でもその心理はわかる。やっぱり弱さなんだろうなぁと感じる。自己の中で乖離しており、その乖離に気づいていない。気づいていないから埋められない。気づいても埋められないのかもしれない。
田島はなかなかのロクデナシなんだが悪人ではない。戦後の時代背景からも闇に手を出さないと生きてはいけないのは明々白々。だが彼はそこそこ積極的だったようだ。それも足を洗うことに決めた。キヌ子ほど度胸がない。十人の愛人を作っておきながら「きっちりと誠意をもって別れたい」的なことを言う。この時点でちゃんちゃら可笑しい。しかも正直に「闇商売からも足を洗って嫁さんや子供と地に足の着いた生き方をするから別れよう」とも言えない。

極めて自己保身だが心当たりも


自分の本心を隠しながら「格好良く別れたい」というのだ。なんともご都合主義だろうか。ただ・・・思い出してみると、私も縮小版をやったことがあった。(;´∀`)おうふ、今にして思えば自覚なき「ええかっこしい」だったのだ!田島はその拡張版である。なるほど、客観視するとそういうことだったのか。言われたことがある。でも全く自覚がなく理解出来なかった。田島もそうなのだろう。
田島は拡大版だ。業の深さが凄い。彼女らの為にいい思い出として全員と綺麗に別れないという望みがある。そんな無茶な!!最もこれそのものが自らの弱さを露呈し、詭弁の特徴なのだが、割り切れないのが人間である。現代人との違いとして感じるのは、彼は本音で彼女たちを大切に思っている点。その上で全てを得ようという業の深さがある。

女と綺麗には別れたい。でも事実は言わない。それが彼女らにとっても良いことだから。そして自分は嫁や子供と安住したい。それで見た目だけは美しいキヌ子に協力してもらうわけだが、自らの愛人の性格の良さとキヌ子のガサツさを比較し非難したりする。(まぁ確かに青木なんか、ええ子過ぎてリアルでいたら俺が引き取りたいぐらいだが)

面白いのは結末は出ている。田島がどういう人間かは読み進めるまでもなくキヌ子が結論を言っている。「ケチな男」なのだ。人間が。金のケチというより「腹が座ってない上に何でも欲しがる。その癖、自分の腹を痛めないように一生懸命」、「ケチな性分、チンケな人間」だと言いたいのではなかろうか。これは恐らく太宰自身が言われたことがあるのだろう。田島が言うように、なんだこの鴉声のガサツで無教養な女はと、私も読んでいて眉をひそめてしまったが、その前に、いいとこ取りを策略で狙う田島の方が相当に悪質である。キヌ子は真っ正直に裏街道を歩いている。
ああ・・・頭を抱える。自分の羞悪な部分を見た気がした。私は何でもかんでも丸く収めようと努力する傾向があった。その発端は争いの絶えない場所にいたからに思うが。そこに田島を見る。「全てをやろう」「全力でやろう」というのはそもそも業の深さなのかもしれない。腹をくくって取捨選択しないといけない。全ては出来ないことはハッキリしている。それはわかっているのに。あー・・・業が深い。田島の業の深さがそれを明示してくれる。読みながら田島と共に別れの旅を続ける。



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